2025年08月30日

人生は〇ぬまでの暇つぶし 

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学校は我々陰キャ属性にとっての逃げ場の無いリアル脱出ゲーム

昨年に自〇した小中高校生が過去最多を更新したとの事で、子供の数が減ってるのに反比例するように自〇件数だけは一貫して上昇しています。

子供のじ〇つは例年9月1日・8月31日が一番多いとの事で、あらためて夏休み明けの学校への恐怖心がどれだけ大きいのかが伺えます。

そんな現代の生き地獄に軟禁されに行く事を強制されてる子供達に向かって、お笑いコンビ「たんぽぽ」の白鳥久美子さんがエールを送っています。
   
たんぽぽ白鳥、見た目をからかわれた中学・高校時代「学校は人生の中で『点』のようなもの」 #しんどい君へ

憧れていた中学校生活が暗転 「ブスじゃねえか!」

 最初にいじめを自覚したのは中学校の頃でした。入学式の日に、「白鳥久美子っていうすごい名前のやつがいるぞ」と、話題になりました。当時は、テレビドラマにもなったマンガ「白鳥麗子でございます!」がはやっていて、「白鳥といえば、美人でお金持ち」というイメージがありました。他のクラスの男子が「白鳥久美子って誰ですか?」と教室を訪ねてきて、私だとわかると「すげえブスじゃねえか!」と騒ぎました。そこから見た目のことでいじられることが増えていきました。

 背が高かったので「おとこ女」、アゴが出ていたので「アゴドリル」といったあだ名がつけられました。多感な思春期に外見を笑われ、傷つきました。廊下ですれ違う時に聞こえてくることもあり、「いじめられている」というはっきりした証拠もなくて、誰にも相談できないままでした。

 少女マンガの世界のようなキラキラした中学校生活に憧れを持っていました。生徒会に入って、部活も充実させて、かっこいい先輩を好きになって――。でも、実際の私は「1軍」「2軍」のグループじゃなくて、一番下の「5軍」。クラスの端っこで、できるだけ目立たないようにしなきゃいけないんだなと思いました。
両親は共働きで、迷惑をかけたくないと思い、相談できませんでした。小学校では学級委員長だったこともあり、周囲から認められているというイメージを崩したくない気持ちもありました。

 中学校生活はつらかったですが、そんな時に逃げ込める場所を作っていました。本が好きなので、図書館で「赤毛のアン」を読み、主人公の少女・アンのように、「不遇の時があっても明るく想像力で乗り越えていこう!」と前向きに考えるようにしていました。部活動の吹奏楽部も、私の居場所でした。優しい先輩や、音楽の好みが同じ友達にも恵まれ、トランペットを吹いていると、教室での嫌なことを忘れられました。「みんなで演奏を成功させよう」と、みんなで集中する時間が救いでした。

 そうやって中学校の3年間を乗り越えましたが、高校でやらかしてしまいました。

 入学して1か月後にあった遠足で、男子がバスの中で言った冗談を私が笑うと、「お前が笑ってんじゃねえよ」とにらまれました。そこから笑うことができなくなりました。

 友達もできず、教室では存在していないかのように無視され、独りぼっちでした。私だけ席替えがなく、いつも教卓の前。お弁当も、みんながワイワイ楽しそうに食べている中で孤独をさらされることが耐えられず、所属していた演劇愛好会が使っていた体育館の舞台の上にある調光室に行き、一人で食べていました。

 精神的に一番つらかったのは、高3の夏休みが終わる頃です。秋に演劇愛好会の大会を控え、大学進学も近づいてくる。色々なプレッシャーが重なってきて、そのうえさらに、「あの教室に戻るのか」と考えると、苦しくなりました。
学校が始まると、やっぱりしんどかった。「もう無理だ」と思ったある日、「いつか飛び降りてやろう」と決めていた3階建てのビルに行ってみました。屋上から見下ろしてみると意外と低く、「これでは死ねない。自分はこのくらいの覚悟だったんだ」と悟ったんです。

 私は死にたいんじゃない。生きたいのに、うまくできなくてむかついているだけなんだ、と。全部終わらせたいわけでなく、思うようにいかない今がすごく嫌で、逃げたいだけ。だから、ちょっとずつ自分の気持ちを変えていこうと思ったんです。

 それからは、高校卒業後の将来に目を向け、希望を見いだそうとしました。「大学で演劇を学ぼう」「東京ですてきな生活を送ろう」とか。「大学デビューするぞ」とも思いましたね。

 大学を卒業した後も、1年間は劇団などのオーディションを受けていましたが、結果が出ず、福島県郡山市の実家に戻りました。

 ある日、容姿のコンプレックスで笑いを取る芸人さんをテレビで見て、芸人になろうと決意し、再び上京しました。高校の時、いじめられ、「笑わない」と決めたのに、「めちゃ×2イケてるッ!(めちゃイケ)」をテレビで見ると笑っちゃうんですよね。当時のお笑い芸人に助けられたという思いもありました。「舞台に出たい」という願いをかなえる最後のチャンスだと思いました。

 あるテレビ番組のオーディションで、タレントの伊集院光さんが「芸人は何も捨てることがない職業だ」と言ってくれました。そして、容姿や過去のいじめ経験を全部、笑ってもらえました。バラエティー番組などで「ブス」と言われますが、「うるせーよ」と返すと笑いになります。芸人になった時、自分の気持ちが一番、楽でいられると感じました。

世界にあるすてきなものを探す旅に出て

 夏休みが終わる前後の今を、「地獄」だと感じている人も多いと思います。「死にたい」という気持ちはよくわかります。でもそれは、「自分の心が限界だ」と気付くためのサインと捉えてほしい。

 いま振り返れば、悩みを、信頼できる大人に相談してみてもよかったかなと思います。自分の置かれている状況を知っている人がいると心強いし、一人で戦わなくてよくなります。

 子どもにとって学校は世界の全てかもしれない。私も人から拒絶される怖さは、なかなか忘れられません。でも、学校なんて、人生の中では「点」のようなもの。学校に行くことで、つらくなったり、死ぬことを考えたりするくらいなら、学校から離れ、世界にあるすてきなものをいっぱい探しに出たらいいんじゃないでしょうか。

 人生は、居心地の良い場所を探す「旅」だと思ってください。「この大学にいかなきゃ」「この企業に入らなければ」と思って失敗しても、落ち込まないでください。人生は失敗も多いけれど、長い人生の暇つぶしだと思って、色んなことに手を出してほしい。そうすれば、自分の好きなことが見つかり、これだという仕事も見つかるはずです。
8/29(金) 読売新聞オンライン より抜粋引用

現代日本の学校教育の一番の問題点は、被害者の基本的人権が皆無な件です。

上記のイジメ被害者へのエール記事も、結局は、学校なんて長い人生の中では点に過ぎない程下らないモンなので、あまり気に病まずに他に視線を向けましょうネ、という事ですよね。

確かに、自ら命を断つ位なら、学校なんて行く必要が無いのはごもっともですが、僕にはどうしても納得がいかないのですよね。

何で、被害者である筈の何の罪も無い真面目なイジメられっ子の方が、学歴を失い、将来の高収入・好待遇や職業選択の自由を得る機会を奪われなくちゃイケナイのでしょうか?

本来ならば、加害者の方が、退学なり登校停止なりで学歴を失う罰を受けるべきなのに!

ただ、現実の日本の教育現場では、子供には全く法律が適用されない為に、まるでリアル北斗の拳のように弱肉強食の無法地帯となっているんですよね。

日本の学校空間では気の弱い陰キャ、特にブサイクや肥満OR虚弱もしくは運痴がプラスされると、幼少期から全くと言っていい程人権がアリマセン。

そして、学年が上がっていくと、段々イジメのターゲットになる要素の範囲が広がっていき、ただただ善男善女であるというだけで、DQNグループの被害に遭いガチです。

実際、僕の通ってたような治安の悪い地域の学校空間では、狩る側と狩られる側に二分されてて、ジャイアンのような暴力的な輩か、スネ夫のような常に人を陥れる事に快感を抱くようなサイコパスでは無い一般市民は全員、いつイジメのターゲットになるか常にビクビクオドオドして学校生活を送らないと生き延びれないような状況でした。

精神的バトルロイヤルみたいな感じで、やらなきゃ、やられる側になるという、まさに戦場でしたね。

なので、未だに僕と同じ世代の人間は怖いですし、絶対に信用していません。

子供時代の行動が人間の本性ですから、彼等が大人になって良い人間の皮を被っても、その本質は悪だと思いますので。

僕の人間不信は子供時代のトラウマによって形成されましたね。

人間は、己の利益の為には平気でウソをつくし、陥れる生き物です。

故に、現代日本で生き残る為には、ありとあらゆる話に疑ってかかる事が必須です。

例えば、上記の引用記事にも、針小棒大に話を盛ってるのでは無いのかなぁという疑念を拭えないように。

まぁ、底辺からの救いを求めて学生時代に赤毛のアンを読んでたというのは、僕も同じでしたけどね。

読んだ直後は感動するけど、よく考えれば、僕のような根暗人間とは真逆のあんなオプティミストの話を読んでもそもそも違い過ぎて、無意味もいい所だったんですがねぇ。

あと、高校時代の一人飯もド共感です。

昼飯すら一緒に食べる友達が居ないとの嘲笑の目が辛くて、高校時代はずっと図書館で一人で菓子パンのみをボソボソ食って過ごしてましたねぇ。

それはさておき、今は、子供の自〇を減らす為に、学校がツライ子は学校には通はなくてもイイヨというメッセージが主流となってますが、そもそも現代日本の学校が人権無視の無法地帯となってる事を先ず無くす努力をする事が大前提だと思いますけどね。

ニュースでも、問題教師や近所のカミナリ親父による子供への人権侵害ばかりが取り上げられて、殊更に大問題に仕立て上げてますが、本当の子供の敵は子供です。

他人に「ブスじゃねえか!」と言うのは名誉棄損罪や侮辱罪ですし、身体的な暴力は暴行罪、他にも殆どのイジメは大人が同じ行為をすれば、傷害罪・監禁罪・強要罪・器物損壊罪・隠匿罪・恐喝罪・強制わいせつ罪・不同意わいせつ罪等の罪状で逮捕案件です。

それどころか、令和の現代では、チョットでも容姿について匂わせるだけでも即セクハラですし、あらゆる気分を害する発言がハラスメントに該当する位に大人の社会は弱者への人権意識が高まっております。

然るに、子供の世界においては、中世どころか、人類史上最悪と言ってもいい位に、弱者の人権は徹底的に蔑ろにされています!!

というか、多くのイジメ被害者は、本来は弱者というよりは、ただただ人に危害を加えてはイケナイとの家庭教育を真摯に学び、人としてそれが当たり前だと行動してるだけの倫理観の高い人間でしか無いのですけどね。

先ずは、いじめられっ子が一番被害にあってる、本当の敵を正しく罰する事によって、教育空間において違法行為をする事が加害者側にとって大きなリスクになるという制度に改める事が必須でしょう。

そして、それが出来るまでは、家庭からのオンライン教育でも、普通通学と全く同等の権利を得られるような社会システムにする事が教育行政の責務だと思いますけどねぇ。

正直、現在進行形のいじめられっ子が上記引用記事のような、元いじめられっ子からのサクセスストーリーを読まされても、超才能があって且つメチャメチャ運に恵まれた人だったからこそ成り立つ話であって、何の才能も無い凡人が学校に通わなくて、上手く行くルートを指示してる訳では無いんですよね。

僕のような集団嫌いのガチ内向陰キャの場合は、やはり専業投資家になるしか道は無いと思いますね。

友達0人で元いじめられっ子の僕がアドヴァイス出来るとすれば、もしも本当に人間という生き物にはどうしても馴染めない人には、株のみで食べて行くルートをおススメ致します。

専業投資家は本当に良い仕事ですよ。

一週間に一度くらい、マウスをクリックするだけで、全く誰とも会わなくても、全く誰とも喋らなくても、全くどこに行かなくても、お金が入って来ますので。

今みたいな良い環境だと、毎日サラリーマンの一か月の給料分入って来るので、美味しいモノ食べたり、好きなモノ買ったり、推し活とかもやり放題ですし。

僕のようなあらゆる分野で底辺だった男でも食えてるのですから、芸能界や文学界のような特殊な才能や知縁に恵まれる事が必須な仕事よりも遥かに可能性は高いと思います。

人間の本質を知り抜いた、君達ならば、きっと魑魅魍魎が跋扈する相場の世界でも生き抜いていける事と信じています。

人に会わなくても良い投資家ほど素晴らしい仕事って無いよねと思われる他人嫌いの同士は、ポチッとお願いします。
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posted by 山中 一人 at 21:30 | Comment(38) | TrackBack(0) | イジメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2024年06月22日

いじめられっ子はFIREを夢見て生き抜いて欲しい

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生物は閉鎖空間に閉じ込められると、イジメをする習性があります

少子化にも関わらず増え続けるイジメ事件についてのニュース記事がありました。
    
娘の最期の作文、いじめなくすため 両親「一人じゃない。逃げて」

人は一人じゃ生きていけない――。こう作文につづった埼玉県蕨市の中学2年の女子生徒(当時14)が、いじめを苦にして亡くなってから3日で20年になる。いまもいじめはなくならず、自殺する子どもが絶えない。文部科学省のまとめでは、2004〜22年度で少なくとも117人がいじめを受けて自ら命を絶ったとされる。両親は「娘の思いを子どもたちに知ってほしい」と願う。

■「告白ゲームいや」、ノートに書き残し

 女子生徒は2004年6月3日の朝、亡くなった。学校側が同級生に聞き取りをしたところ、女子生徒が同級生から罰ゲームとして男子生徒5人に告白することを強要されていたことがわかった。亡くなる前日に1人に告白させられ、学校のトイレで泣いていたという。亡くなった日は、あと4人に告白させられることになっていた。ほかにも、仲がよかった友だち数人から突然無視されたり、うざい、きもいなどの言葉の暴力を受けたりしていた。
 女子生徒は自宅のノートに「告白ゲームなんていやだ」などと書き残し、命を絶った。罰ゲームを主導した同級生を非難した一方で、ほかの生徒には「ありがとう」という言葉を残していた。

■ありがとうの意味は

 両親は最初、ありがとうという言葉が理解できなかった。ただ、時が経つにつれ、娘の優しさだったと思うようになった。
 友だちも本当は自分のことをいじめたくていじめたのではない。今度は自分がターゲットになるのが怖くて加担させられていたのだ。友だちも本当はつらかったのだと思いやりを持ったのだ、と。

■「一人のさみしさが複数でいることの楽しさへ」

 女子生徒が書いた作文は葬儀の後、両親の元に戻った。人権を考える授業で書かれ、女子生徒が亡くなる前日に担任に提出したものだった。

 「誰だって自分を否定されるのは嫌だと思うし、つらく悲しいと思います」
 「イジメは自分をどん底まで沈めます」
 「人は一人じゃ生きていけない。だから友達をつくる。一人のさみしさが複数でいることの楽しさへ変わる」

 作文には、いじめに向き合った思いがつづられていた。

■「自分を嫌いにならなくてよかったんだよ」仏壇の娘に

 女子生徒は、家族に学校の話をよくしていたが、いじめを受けていることは一切話さなかった。

 父(63)は「家族の前では、いじめられている自分ではなく、いつもの自分でいたかったのだと思う」と話す。作文を読んだ時は「親としてわかってやれなかった」という悔しさと悲しさで止めどなく涙が流れた。

 そして仏壇の娘に毎日、「自分を嫌いにならなくてよかったんだよ。あなたは世界で一番心の優しい、相手の気持ちを思いやることのできる子だったんだよ」と語りかけた。

■両親「よかったと思える日、必ず来るから」

 両親は、いまもいじめに苦しむ子どもたちがいることに胸を痛める。子どもたちにとって、いまの人間関係がとても大切なことはよくわかる。でも、つらい子は、学校に行かなくてもいいと伝えたい。中学校に行けば、高校に行けば、大学に行けば、社会に出れば、違う世界が待っている。

 「いじめられている子に原因があるわけではない。だから、いじめている子から離れてほしい。逃げてほしい。時間が経つのを待ってほしい。あなたは一人じゃない。よかったと思える日が必ず来るから」(貞国聖子)
 6/2(日)朝日新聞デジタルより抜粋引用

毎回、悲しいイジメ事件のニュースを見るにつれ、元いじめられっ子のいじめサバイバーである僕としては、非常に痛ましい気持ちになり憤懣やるかたない思いになります。

これだけ、世の中が人権人権と騒いでる割には、現代日本において一番の人権侵害である学校のイジメについては、事実上全くの放置プレーだからです。

例えば、上記の記事である告白の強要なら、大人なら強要罪に当たりますが、学校内だと告白ゲームという名称のただの悪フザケで終わりです。

他にも、僕が小・中学時代に見たり、受けたりしたイジメも大人が同じ事をすれば、普通に現行犯で即逮捕ですが、学校内では日常茶飯事でした。

しかし、唯一の教室における裁定者である筈の先生に言っても事実上スルーされて、何の解決にもならないばかりか、報復で前よりさらにイジメが酷くなるまでが全国の学校で起きてる救いようの無いシーンなので、いじめられっ子はただただ報復に怯えて、口をつぐむより他ありません。

そして、更に難しいのは、いじめられっ子自身が、イジメられてる事を親にも周りにも言えずにひた隠しにしてしまう心理にあります。

これは、集団では多数派になるのが正義であり、イジメられっ子は嫌われ者の弱いダメ人間だという、子供社会の社会的洗脳の所以です。

故に、認めたくないものです。自分が虐められているという事を。

子供ほど小さなプライドを守るのに必至になるものですから。

故に、八方塞がりになり上記の記事のお子さんのような最も悲惨なケースを選ばざるを得なくなるのでしょう。

しかし、このような虐められる方に原因があるという言い分は、強者による都合の良い詭弁でしか無く、何人たりともイジメられる理由にはなりません。

実際、しょこたんとかあのちゃんのように容姿端麗な才能あふれる人や多くのイケメン芸能人でも学生時代に壮絶なイジメにあった人も居ますので、ある意味、イジメられるかどうかは運なのです。

僕も、小学校でクラス替えになった時に、たまたまいじめっ子の前の席だった事でターゲットにされ毎日、どんなイジメが来るのか常にビクビクオドオドして、今日こそはイヤな事が何もありませんようにと神様仏様に祈る気持ちで学校に通ってましたね。

しかし、身体は正直なモノで、度重なるイジメのストレスでチック症になり、常に目をパチパチさせて咳払いをするようになってしまいました。

そんな僕を母が見て、目の病気になったのだと勘違いして総合病院に連れて行かれたのですが、当然に心の病気なので、なんの異常も無いとの診断でそのまま帰されました。

まぁ、僕のチック症自体は小学校を卒業するとあっという間に治ったので、今は生活に支障は無いですが、人間嫌いは一生続くと思いますね。

ただ、今から考えれば、そもそも学校という所は本当に異常な場所なんですよね。

大人の社会なら、暴行罪・傷害罪・強要罪・脅迫罪・窃盗罪・恐喝罪・器物損壊罪・名誉棄損罪・強制わいせつ罪に該当して刑法で逮捕される行為が、全て、イジメの一言で完全スルーです。

故に、学校は弱肉強食の完全無法地帯と化しています。

殆ど、マッドマックスのような、北斗の拳のような、暴力だけが正義の世も末の世界が、何故か、近代文明国にて現出しているのです!

そこは、腕力と集団で弱者をいたぶる事を実践出来る悪辣さと他人を陥れる能力に長ける能力によって序列が決まる、リアルアウトレイジの世界なのです。

例えば、いじめられっ子がいじめっ子を見ただけで、ガンつけたなと因縁つけられます。

いや、最早こんな輩は熊でしょ。

野生の熊が市街地に現れれば、駆除されますが、何と学校では、そんな猛獣と狭い教室で半日以上一緒に生活する事を義務付けられているのです。

また、必ず、イジメ問題のニュースが出る度に、〇ぬ位なら〇ろすつもりで戦えとかってコメントする輩が湧いて来ますが、僕はこんな意見が一番腹が立ちますよ。

子供の世界におけるいじめっ子といじめられっ子の体格差やケンカ慣れのレベル差の大きさを考えると、殆ど昔のコロシアムで人間がライオンと戦うのと同じ様なモノです。

若しくは、多数の熊でひしめいてるクマ牧場の檻の中にイキナリ放り込まれるようなモノで元より無理ゲーなのです。

大人だって、反社の事務所に一人だけ一般市民が監禁されて9年間一緒に過ごせと言われたら、まずギブアップでしょう。

それと全く同じ事が、こと学校においては、今も尚、日本中で平然と行われているのですよ。

しかし、現状の支配層は、誰一人この日本の学校の惨状を抜本的に改善して、人間として最低限の基本的人権すら守るという者が居ない状況です。

なので、緊急避難として、被害者側が転校するか不登校になる以外に現実的な対策が無いのが現状なのです。

転校時における莫大なストレスも、不登校での低学歴化によって被る、大人になった後の莫大な逸失利益も全て、被害者側だけが全面的に背負わなければならないのです。

オカシイでしょ!やっぱり。

世のいじめられっ子同士に告ぐ!

低レベルなイジメは本来、犯罪であり、我々が犯罪被害に遭う謂れは全くアリマセン。

然るに、日本の教育界においては、まだまだ人権意識が未発達な原始時代にも劣るレベルなので、諦めて、堪え難きを耐え忍び難きを忍び、地獄の学校生活を生き抜いてください。

大人になれば、お金があれば大抵の事は解決出来ます。

そして、お金を得る手段は、学校でイジメのストレスに耐える事に比べれば遥かに楽勝です。

指先一本で働かずに生活する方法だってあるのです。

それをFIREと言います。

FIREすれば、アタオカな連中と一緒に居る必要は全く無く、何をするのも全て自由です。

どうか、大人になってFIREするまでは、地獄の灰スクールから生き延びて下さい。

一番体格も刑法の知識も無い子供時代に、法律を守らない悪い奴らがやりたい放題の密室で12年も強制的に集団生活させるって、どう考えても児童虐待だよねと思われるイジメサバイバーはポチッとお願いします。
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posted by 山中 一人 at 00:04 | Comment(26) | TrackBack(0) | イジメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2022年05月30日

コミュ障いじめられっ子はアーリーリタイアを目標に生きろ!

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大人になれば、学校って有り得ないくらい異常な空間だって気付くよ

またもアメリカで、学校での銃乱射事件が発生しました。
  
いじめに遭い、馬鹿にされ、孤立した男子生徒――21人を射殺した18歳容疑者の素顔
米テキサス州ユバルディの小学校で起きた銃乱射事件。児童19人と教員2人を射殺したとされる容疑者は、地元の高校に通う男子生徒だった。友人はほとんどなく、先週、18歳の誕生日にライフル銃2丁と弾薬を購入していた。

容疑者のことを知る同級生などはほとんどが、ラモス容疑者は人との付き合いがほとんどなく、孤立していたと証言する。

元同級生はラモス容疑者について「ひどいいじめを受け、さんざんからかわれていた」と証言。着ている衣類のことや、家庭の経済状況のことで馬鹿にされ、「実際のところ、学校銃撃犯とか呼ばれていた」と振り返った。

ラモス容疑者はとても静かで、いつも1人でいたと振り返った。同学年の女子生徒は「みんなに好かれていなかった。みんなが彼をからかったり、けんかしたがったりした」と話し、その理由は分からないと語った。
5/26(木) CNN.co.jp より抜粋引用

この手の大量無差別殺人の犯人は、普段は無口で大人しい、いじめられっ子というのがよくあるパターンです。

そして、それに対して、何故無関係の弱い者をヤルのかという憤りのコメントが大抵上がります。

定型の一般強者には絶対に分からんのでしょうなぁ。

コミュ障弱者が如何に心の内に鬱屈したモノを抱えて、日々怒りの炎に身を焦がしている事なんて。

誰にも愛されず、一人の友人も居ない毎日で、いじめられても、周りは嘲笑と傍観しか無い圧倒的孤独。

こんな悲惨な事件を招いた本当の悪は、彼の精神を破壊して、世を恨み人を恨みの心境にまで追い詰めて、哀しいモンスターにしてしまった、周囲の人間だったのでは無いでしょうか?

いじめとは本質的に強者から弱者への一方通行な攻撃です。

理由なんて、基本的に弱くて無抵抗だからというだけです。

実際、彼自身も大した理由も無く、日々いじめられていました。

故に、モンスターに代えられた彼も、自分より更に弱いターゲット相手に半ば心中覚悟で人生を終了させてしまったのかもしれません。

正直僕も、小学・中学とイジメられていましたが、中学の頃は朝学校に行ってから帰るまでの授業中はずっと、機関銃や手りゅう弾を持って、学内の全クラスを全滅させる妄想を頭の中でシミュレーションしてました。

全く、授業なんか耳に入る隙はアリマセン。

日本では子供が銃を手に入れる事は不可能ですが、アメリカなら簡単に手に入る故に、いじめられっ子の妄想が現実化してしまうのでしょう。

ギリギリまで追い詰められたいじめられっ子が道を踏み外すかどうかは、実は紙一重なのかもしれません。

自分がオカシくならずに大人になれたのは、卒業さえすれば、学校という、こんな異常な空間から解放されるという最後の望みを保ち続る事が出来たからでしょう。

因みに、中3の頃、僕をイジメてた野郎は、社会人になってから、通行人を襲った障害罪で逮捕されたと地元新聞の3面記事でフルネームで報道されてました。

記事を読んだ当時はザマァと笑ったものですが、今になって考えてみると、そんなチンピラDQNと狭いクラスで朝から夕まで一緒に過ごさなくてはイケナイ恐怖、しかも何が起こっても全くの治外法権という地獄。

学校とはホント異常過ぎる空間だったなぁとシミジミと思います。

だって、社会人になって、そんな反社のような人間と一緒の職場になった事なんて一度も無いですからねw

まぁ、僕の場合は、高校に入ってからは低レベルのイジメからは解放された事も有り、授業中は南の無人島で毎日遊んで暮らす妄想ばかりに耽るようになりました。

幸いな事に、今は南の島とまではいきませんが、毎日殆ど他人と接触しなくてもいい生活で、毎日遊んで暮らせてますので、高校時代の夢がほぼほぼ実現出来た訳です。

兎に角、コミュ障タイプのいじめられっ子は、アーリーリタイアという、集団生活から解放される生き方がある事を知って、人生に絶望せずに、学校という生き地獄を生き抜いて欲しいと願います。

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posted by 山中 一人 at 19:38 | Comment(8) | TrackBack(0) | イジメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年01月31日

いじめられっ子は正当防衛も許されないの?

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ランチェスターの法則によれば、攻撃力は兵士の数の2乗になります。つまり1対7なら実際は1人で49人の敵と戦う位の戦力差になる訳です。


イジメへのやり返しについて
イジメられてやり返したら児相に連れていかれた我が息子(当時小5)


集団で囲まれて殴られ蹴られ身体中に痣を作って、我慢出来なくなった息子が足元にあった小石を投げたら「やり返すのは悪い、小石が当たって怪我をしたらどうする」と
児相で懇々と説教された

イジメへの暴力については警察にも入ってもらい学校側からは緊急保護者会という形で終わらせられた
イジメた親はイジメられていた子にも原因がある!と保護者会で大声をあげ
挙句、うちの子供は悪くない!と言い切って帰って行った

病院での診断書も書いてもらい
新潟市教育委員会にも電話した
けど、なんの解決策もないまま当時のクラス担任が飛ばされることで終わった

児相で泣きながら「僕は殴られても蹴られても我慢したら良かったんですか?」って言う息子に「そうだよ、我慢しなかったあなたが悪い。暴力は良くない。」と言った(註、新潟市児童相談所)

当時の新潟市長にメールで解答を求めたけど
返信されてきた手紙には、職員の指導していきますの言葉だけ

イジメられてもやり返したらいけないのは分かってる
でもさ、イジメられてる子が自分を守るために投げた小石で児相に連れていかれるのはおかしいよね

おかしくないのか
今の世の中
仕方ないのか…

イジメ発覚→病院(診断書)→警察→児相→教育委員会へ電話
の流れです
児相にいくことになった根本は警察での聴取が元です

子供ですから刑事事件にできません→児相にお願いしますね
って流れなのです

あっここ さんツイートより抜粋引用

またしても、猛烈胸クソ案件です。

自分も日本の教育行政には最早、何の期待も抱いていませんが、まさかここまで酷かったとは・・・

正直、怒りでこのキーボードを打つ手すら震えそうです。

人対人で集団で囲まれるというのは、殆ど、相手が凶器を持っているのと同じ位の戦力差が生じます。

そこで、集団リンチのように殴る蹴るの暴行を受けるというのは、打ちどころが悪くて下手すると、死んでもおかしくありません。

にも拘らず、いじめっ子の親は緊急保護者会で逆ギレする始末。

そして、身の危険すらある(実際に診断書も出てる)、いじめられっ子の方は逆に児童相談所で正当防衛した事について延々と説教されると。

え?もう日本は、ディストピアになってたの?

まるで、世にも奇妙な物語でパラレルワールドに紛れ込んだように、自分の常識が根底から覆されるような世界の話です。

成る程、9条教の信者の総本山である教育行政もとうとうここに極まれりですね。

いじめられっ子は、ガンジーもビックリの無抵抗主義を貫き通さねば許されないという事なんですね。彼ら9条教信者にとっては。

まさに、パヨの「憲法9条を守って殺されよう」というスローガンそのものです。

学校が法律が適用されない無法地帯なのは分かっていましたが、先制攻撃されたいじめられっ子はホンの少しの抵抗すら許されずに、無抵抗にイジメられ続けないとイケナイ場所になってたのです。

リアル無限地獄じゃないですか!

いや、ホントに冗談抜きにこんな異常な教育行政を放置しておく日本の将来はどう考えても終わっているとしか思えませんねぇ。

折角、アーリーリタイアしてわが世の春を謳歌してるのに、こんな、頭の中がお花畑ルンルンな方達と一緒に、心中する事だけはゴメン被りたいものです。

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posted by 山中 一人 at 22:15 | Comment(8) | イジメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年01月30日

「学力テストだけが人生を決めませんよ!」←それ、いじめっ子の決まり文句

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そりゃ、芸能人がコメンテーターになれば、過去の武勇伝だらけになるわなw


小中学校のテスト結果を校長評価に反映へ

大阪市は、全国学力テストの成績が2年連続で政令市で最下位となり、吉村市長は、テストの結果を教員の人事評価に反映させる考えを示していました。29日、大阪市役所で開かれた会議で、吉村市長は「人事制度について客観的な指標、学力向上指標を組み込むのは大きな挑戦だと思います」と話しました。教育委員会は、毎年行っている小学校の学力経年調査や中学生チャレンジテストの結果を、校長の人事評価の20パーセント分に使い、ボーナスなどに反映させる案を示しました。2020年度から本格実施する予定です。

1/30(水) ABCテレビ より抜粋引用

今朝のフジテレビの「とくダネ!」で上記ニュースについて取り上げ、MCの小倉智昭氏が「学力テストだけが人生を決めませんよ!」と言って、大阪市長が学力テスト結果を校長の人事評価に使う事について猛反論していました。

番組の性格上、MCの論調に迎合するように他のコメンテーターも同様の意見で、この大阪市長に対して反論を繰り広げていました。

でも、素朴に思うのですよね。
学校って学力をつける場所じゃ無いの?と。

そりゃぁ、学力テストだけで人生が決まる訳で無いのは当たり前です。でも実際に学歴が無いと、就職もその後の生涯年収も著しく差が付くのも現実です。

芸能人やスポーツ選手なら、生まれ持った才能・容姿・運だけで勝負出来ますので、学歴が無くてもサクセスしてる人は沢山いるでしょう。

しかし、そんな先天的な能力とは無縁な一般人は知的能力を身に着けサラリーマンとなるのが、まともに食べて行くには一番確度の高い方法です。

ホリエモンとか起業すればいいとか言ってよく煽ってますが、何もないパンピーが起業してサクセスする確率など宝くじを当てるようなモノです。

実際にお金持ちの子息は高い教育費をかけて塾に行き、私立に入って、確実に学歴社会のレールに乗っています。

一方、低所得の庶民は、学力を上げる事にまるでモチベの無い、教科書持った公務員しかいない学校しか通わざるを得ず、不十分な学習しか受ける事が出来ない為に、まともな学習を受ける権利すら剥奪されているのが現状です。

大阪の小学校に通わせている親御さんの話をまた聞きした事がありますが、公立校のレベルが余りにも低すぎるので、塾の費用に毎月4万もかかるとボヤいてました。まさに所得格差が教育格差になっているのです。

教師も人間です。学力を上げる事に何のインセンティブも無ければ、やる気が起きないのは当然でしょう。

結局、テレビのコメンテーターの無責任なお花畑理論の皺寄せを一番食うのは、所得の低い弱者という皮肉な結果となる訳です。

スクールカーストの1軍はDQNや体育会系が占めるので、必ずのように勉強よりもっと大事な事が有るとか言って、勉強だけ出来る人間をガリ勉と言った言葉で侮辱してイジメのターゲットにしたがります。

まるで、足並み揃えて、勉強より運動が出来る方が100倍偉いみたいな風潮を作ります。

それって、単に自分のフィールドに有利な方向に都合よく世論作りしてるだけですよね。

そもそも、現代社会では、人類の幸福度を上げるのは科学技術にかかっており、トラやライオンのような猛獣と戦った石器時代のように運動能力やコミュ力が幸福度に貢献する事は最早少ないのです。

日本が何故戦争に負けたかと言えば、経済力と科学技術力が圧倒的に米国より弱かったからです。

日本が今平和なのは、米国の物理学者の頭脳とそれを活かす科学技術のお陰だという事を知るならば、知的能力を磨く人間を悪戯に卑下する風潮こそがオカシイのではと思います。

因みに、番組中で小倉氏は「中学2年の時、テストをボイコットして校長をカンヅメにしちゃったw」とドヤってました。

もう団塊オヤジ特有のこの手の過去の武勇伝は聞いてるコチラが恥ずかしいから勘弁して欲しいものです。

会社の飲み会で上司の武勇伝を聞かされてウンザリさせられるのと同じで、朝っぱらから全国放送でこんなマヌケ話を聞かせないで下さいよ。

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posted by 山中 一人 at 19:08 | Comment(8) | イジメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする