2016年08月15日

インデックス派の理論ってノストラダムスの大予言に似てるよね。

本を出し、セミナーも開いているインデックス派の老舗ブロガーである梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー様がブログにて「公的年金運用から個人投資家が学ぶべきこと」というタイトルを書いておられました。

要約すれば、個人投資家もGPIFの運用を見習い長期国際分散インデックス投資を参考にすべしと宣っておられます。

ウーン、幾らポジショントークとは言え、例え建前上でも世代を超えた超長期運用を目的とした年金運用をただ株式投資という共通項だけで個人投資家の資産運用まで御自分のフィールドに持ってこようとするのは、チト我田引水すぎる論調なのでは?と云う思いが禁じ得ません。

確かに、超長期の資産運用においては過去の歴史がその理論を補完してくれています。

しかし、我々個人投資家の僅かな時間軸と有限の資金においてはグラフ上の僅かなシミのような凹みですら、決定的な大参事につながるのです。

日本株においては甚だ心許ないのは言うまでもありませんが、世界株式においても直近20年でも、ITバブル崩壊やリーマンショック等何度も壊滅的な株価の下落を経験して来ています。

そしてこれからも何度も何度もトンデモ暴落は必ず来ます。これも相場の歴史の証明済みです。

勿論、世界株はそれらのショックも乗り越えて更に高値を更新していますが、それぞれのピーク時から参入した人にとっては為すすべもない冴えないパフォーマンスでしか有りません。
そして最も上手くいったとしても、この投資法のみでサラリーマンがアーリーリタイアする事は想定利回り的に相当キツイ計算なので、ただのドケチスキルを超えた狂信的なドケチ人生を義務付けられる話にならざるを得ません。

時期を特定せずに遠い未来に何時かはそうなる筈という曖昧な予想を基に投資するなら、ノストラダムスの大予言のように何とでも言い逃れが出来ます。

超長期では理論的と言われるインデックス投資と雖も、時間軸によっては非常にボラティリティの大きい株式の値上がりだけにただ賭けてるに過ぎない事を忘れてはいけません。

我々有限の命しか無い個人投資家は年金資金の運用と違い、墓に入ってからいくら資産が築けてても無意味なのです。(家制度、命の方は別かもですが・・・)

img_e68e974990acea22a140de58c365915423984.gif
超長期ではグラフのシミでも当事者にとってはジサツもの(>_<)

インデックス派は何時かは当たるのだからいいよなぁ(棒)(生きてるウチとは限らないけど)と思われるお方はポチッとお願いします。
  ↓
にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ
にほんブログ村


金融・投資(全般) ブログランキングへ







お暇でしたら姉妹ブログも覗いてやって頂ければ幸甚です。
  ↓
友達0人ですが何か?
posted by 山中 一人 at 08:00 | Comment(8) | 株式投資 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする